二十四気は陰暦で正月節が立春、次に雨水、三月節で“啓蠻”となっている。
陽暦では立春が二月四日頃で啓蠻は三月六日、三月六日は旧地久節(皇后誕生日)、昔は小学校で女の子だけが休日になったょぅにも思えるが、さだかでない。
土の中から蠻虫が這い出して来る意味に於ては陽曆の方を採らざるを得まい。
北のヤング相手のファッション街で「啓蠻祭り」と銘うっての春もの売出しポスターを見たことがあった。近頃のヤングが啓蠻なんて言葉を知っているようには考えられないし、場所柄だけに違和感があっておかしかった。
わたし自身、二十四気とは太陽の黄経によって一年を十五日づつ二十四に区分けした中国伝来の季節区分であって、啓蟄が三番目にあったことも辞典で知ったわけだから。
それはそれとして絵を描く場所を借りて、秋の展のために今年はアート三味といきたいもんだと考えているのだが、古いクロッキーづくりやラク描き帳をパラパラめくって、飛躍を期待出来そうなモチーヴをつまみ出そうとしている。余り蠻居が長すぎたので骨と皮になってしまっているが、せっかくだからひとつ厳しい時代の感性を吹き込んで、何人かひとを感動させる作品に肥らせてみるつもりでいる。
(昭和五八年三月十八日・六五才)